グローバル化と労働市場を研究する経済学Ph.D.学生のブログ

イェール大学経済学部Ph.D.学生のブログです。研究日誌メイン。ニュースや最新研究の発信も。

Schwandt (2018)

今日は、さっき学部メーリスで流れてきたセミナー報告の告知の論文から一本。イェール経済学部では、ほぼ毎日のように昼と夕方には(空きスロットがないときは朝も!)内外部の研究者を呼んで、最新の研究を報告してもらうようになっています。昼のセミナーはお昼が出ることが多く、しかもタダで食べられるため、興味がなくてもお腹すいてたら行ったりします。なんといっても経済学部なので、フリーランチが食べられるというのはとても皮肉なのですが!

 

 

論文は、胎内からの長期的な健康への影響というトピックです。

 

The Lasting Legacy of Seasonal Influenza: In-Utero Exposure and Labor Market Outcomes by Hannes Schwandt :: SSRN

 

健康経済学・医療経済学というトピックは近年はずっとホットなトピックです。自分なりに原因を考えてみるに、特にアメリカで医療費の増大が続いており、それに伴って政府の医療関連支出も増加しているため、公共の関心が高いということが挙げられます。やっぱり大金を公共プロジェクトに投じてるなら、それなりの効果が欲しいよね…ってことで。

 

で、特にここ数年は、健康への長期的影響が議論されることが多いように感じます。例えば、Brown Kowalski and Lurie (2017)では、Medicaidの拡大が子供を健康保険に入れたことで、長期的にどれだけ健康を増進させたか、また、健康の増進が教育や労働にどのように影響を与えたかを分析しています。特に、国を挙げて大金をはたいて健康保険を買ってあげた子供が、将来納税を通じてどれだけ国に返してくれるのか、という切り口はユニーク・チャレンジング・重要で、最近読んだ中でもかなり気に入っている論文です。ニュース記事になっているので、興味のある方は以下のリンクをどうぞ。

 

How Medicaid for Children Partly Pays for Itself - The New York Times

 

このように、長期的影響が重要なトピックとして議論されるのは、健康の動学的補完性"dynamic complementarity"という性質があるためです。動学的補完性とは、ざっくりいうと、今日健康なら、明日健康になるための投資は少なくてすみますよ、という議論です。今日病弱な子供を明日健康にしてあげるためには、たくさんの対象治療や予防治療を施さなければいけませんが、今日元気に外を走り回っている子供は、最低限のケア(擦り傷にバンドエイドとか?)だけで明日も健康に過ごせますよね。だから、将来的に健康な人を増やしたければ、今日増やす、もっといえば、昨日、できるだけ若い時に健康であってもらうのが効果的ということです。

 

こういう議論を積み重ねていくと、行き着くところはどこでしょうか。出生時? いえいえ、もっと遡れます。母親の胎内にいる時から、健康が決まっている可能性があるのです。翻って、この論文は、母親がインフルエンザにかかったことが、子供に、胎内から長期的にどのような影響をもたらすかを分析しています。(Brown et al.が健康保険の正の効果を分析していたのに対して、彼女は病気の負の効果を分析しているということができそうですね)

 

長くなってしまったので、細かい分析手法については割愛します。データはデンマークの1980-1993年の全(!)出生児データで、母親や家族の違いによるバイアスをコントロールするため、インフルエンザにかかった子供と、その兄弟との比較を通じて、インフルエンザの効果を識別しています。結果としては、胎内にいる時に母親がインフルエンザにかかった子供の収入は9%の下落し、公的支援を受ける確率が35%増加したとのことです。

 

さらに面白いのは、この効果が一番大きいのが、母親が第二妊娠期(妊娠4-6ヶ月目)の時にインフルエンザにかかった場合で、複雑な生体メカニズムを通して効果が大きくなっている可能性を示唆しており、インフルエンザのダメージは出生時に必ずしも見えるわけではないということをもって結語としています。

 

 

…長々とバックグラウンドを書いてしまったせいで、長くなってしまった。これには理由があって、実は僕も健康保険の長期的影響を研究しようとしていたからなのです。実際にはデータの問題もあって、なかなかうまくいっていないのが現状ですが。これに関してはまた別の機会にお話しできればと思います。